新曲「冷蔵庫」
2023_06_21
長年使っていた冷蔵庫を新しいものと買い換えたのを機に、せっかくなので
その音を使って「冷蔵庫」という曲を作りました。
冷蔵庫から出る機械ノイズ、扉の開閉の音、前面扉に付けているマグネットの音
冷蔵庫の隣にあるシンクの音など。
それらと相性が良かったので、キュルキュルと鳴るペッパーミルやコーヒーミルの
置物の音なども付け足したりしました。
アクセントにシンプルなシンセの音も足しました。
冷蔵庫の音と冷凍庫の音は違うとか、冷蔵庫の音と台所の水道の音は普段から
聞き慣れているせいか相性が良いとか、小さな発見もあり。
いずれにせよ「冷蔵庫」という曲名が無くても、冷蔵庫を連想する
作品になったと思います。
でも逆にこの曲に関しては、身近な音過ぎて普通の曲に聞こえてしまうのか
全く着いて行けない程狂った曲に聞こえてしまうのか、耳に面白く聞こえるのか
人が聴いた時にどう思うかは、自分では良くわかりません。
しかし、「創作」とは、世界という円があるとしたら、そこから片足半分はみ出した
アーティストが、円の外周を広げる行為だと思っています。
世界の円の外側は、当然人(大衆)との互換性が無くなりますが、円の中心で
ポジション取りをしているビジネスの中では、なかなか「創作」は
生まれないのではと思います。
特徴として、この曲は相当編集の手間が掛かっている音楽(?)で
録音したオーディオデータをかなり細かく細切れにし、時間を掛けて配置し
ヴェロシティもかなり調節しています。
そこがリアルタイムの即興的なものとは少し違うところかなと思います。
奏者が考えて作り出したものではなく、編集者が偶発性を集めて
調整したものといった感じです。
でもこの編集作業、集中してやってると結構目が回りそうになります。
こまめに休憩を挟みながら作業してます。
いずれにせよ、普段何気なく聞いている音も、改めて意識を向けてみると
実は面白いと気付いて貰えたら幸いです。
saegusa
長年使っていた冷蔵庫を新しいものと買い換えたのを機に、せっかくなので
その音を使って「冷蔵庫」という曲を作りました。
冷蔵庫から出る機械ノイズ、扉の開閉の音、前面扉に付けているマグネットの音
冷蔵庫の隣にあるシンクの音など。
それらと相性が良かったので、キュルキュルと鳴るペッパーミルやコーヒーミルの
置物の音なども付け足したりしました。
アクセントにシンプルなシンセの音も足しました。
冷蔵庫の音と冷凍庫の音は違うとか、冷蔵庫の音と台所の水道の音は普段から
聞き慣れているせいか相性が良いとか、小さな発見もあり。
いずれにせよ「冷蔵庫」という曲名が無くても、冷蔵庫を連想する
作品になったと思います。
でも逆にこの曲に関しては、身近な音過ぎて普通の曲に聞こえてしまうのか
全く着いて行けない程狂った曲に聞こえてしまうのか、耳に面白く聞こえるのか
人が聴いた時にどう思うかは、自分では良くわかりません。
しかし、「創作」とは、世界という円があるとしたら、そこから片足半分はみ出した
アーティストが、円の外周を広げる行為だと思っています。
世界の円の外側は、当然人(大衆)との互換性が無くなりますが、円の中心で
ポジション取りをしているビジネスの中では、なかなか「創作」は
生まれないのではと思います。
特徴として、この曲は相当編集の手間が掛かっている音楽(?)で
録音したオーディオデータをかなり細かく細切れにし、時間を掛けて配置し
ヴェロシティもかなり調節しています。
そこがリアルタイムの即興的なものとは少し違うところかなと思います。
奏者が考えて作り出したものではなく、編集者が偶発性を集めて
調整したものといった感じです。
でもこの編集作業、集中してやってると結構目が回りそうになります。
こまめに休憩を挟みながら作業してます。
いずれにせよ、普段何気なく聞いている音も、改めて意識を向けてみると
実は面白いと気付いて貰えたら幸いです。
saegusa
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新曲「園庭」
2023_06_07
「園庭」という曲を作りました。
日用品や雑貨を集めて録音したトラックを組み合わせて
更に公園でフィールドレコーディングした音を合わせてみました。
日用品や雑貨の音は、適当に鳴らして録音したトラックを並べて、細かく切り刻んで
相互のトラックの関係性を見ながら配置して行きました。
なので、普段良く聞く環境音の音色ではあるのですが、天然では(自然界には)あり得ない
トラックになっていると思います。
ギクシャクした、「意思を持った環境音」みたいな。
この少し変で不思議な状態を僕は「意識と無意識の中間」
「制御が程良く効いている状態」と仮定しています。
これらは編集によるトラック構築なので、テレビの映像編集の様に
「素材Aの○○分○○秒~○○分○○秒までを使って、素材Bに繋ぐ」とか
「一拍空けて次の素材に移る」とか、間合いで曲を繋いで行きます。
これをやって行くと、音楽理論とは相性が悪いと言うか
能動(音を発する)と受動(素材を扱う)は逆の行為なので、構築ノウハウも変わって来ると思います。
制作プロセスも大きく変わって来ます。
DAW編集という、自分と分離した時間軸を自由に扱える様になったここ20~30年で
作り手の立場においても「主観的に音を発すること」と「客観的音をに聞くこと」が
対等に(同じ価値を持つ行為に)なった気もするのです。
また、メロディが無くノイズ作品に近い感じもするのですが「音がピタッと止まってブレイク」とか
「風が吹いて来て展開」とか、曲展開と言えるのか変化のパターンもあるため
どう捉えて良いのか、ちょっと戸惑う人も多いのではないかと思います。
ただの音と音楽の境の定義って、僕の中でもそんなにはっきりとはありませんが
定義から外れたものが新鮮に聞こえるというのは、常にあると思います。
シンセの音も入れようと色々試みたのですが、今回は入れる隙がありませんでした。
「音色の質感」「偶発パターンの面白さ」に重心を置くと、音楽が入って来る隙が
無くなくなって来て、でもそれはそれで充足感があります。
「無理して音楽にしようとする必要は無いな」と感じている近頃です。
ちなみにキーキー鳴っているのは、コーヒーミルです。
その他、高域はリズム的な役割で箸、カピスシェル、フルーツポンチの果物くり抜き器
中高域はカットオフフィルターの様な役割でガラスボール、植木鉢など。

saegusa
「園庭」という曲を作りました。
日用品や雑貨を集めて録音したトラックを組み合わせて
更に公園でフィールドレコーディングした音を合わせてみました。
日用品や雑貨の音は、適当に鳴らして録音したトラックを並べて、細かく切り刻んで
相互のトラックの関係性を見ながら配置して行きました。
なので、普段良く聞く環境音の音色ではあるのですが、天然では(自然界には)あり得ない
トラックになっていると思います。
ギクシャクした、「意思を持った環境音」みたいな。
この少し変で不思議な状態を僕は「意識と無意識の中間」
「制御が程良く効いている状態」と仮定しています。
これらは編集によるトラック構築なので、テレビの映像編集の様に
「素材Aの○○分○○秒~○○分○○秒までを使って、素材Bに繋ぐ」とか
「一拍空けて次の素材に移る」とか、間合いで曲を繋いで行きます。
これをやって行くと、音楽理論とは相性が悪いと言うか
能動(音を発する)と受動(素材を扱う)は逆の行為なので、構築ノウハウも変わって来ると思います。
制作プロセスも大きく変わって来ます。
DAW編集という、自分と分離した時間軸を自由に扱える様になったここ20~30年で
作り手の立場においても「主観的に音を発すること」と「客観的音をに聞くこと」が
対等に(同じ価値を持つ行為に)なった気もするのです。
また、メロディが無くノイズ作品に近い感じもするのですが「音がピタッと止まってブレイク」とか
「風が吹いて来て展開」とか、曲展開と言えるのか変化のパターンもあるため
どう捉えて良いのか、ちょっと戸惑う人も多いのではないかと思います。
ただの音と音楽の境の定義って、僕の中でもそんなにはっきりとはありませんが
定義から外れたものが新鮮に聞こえるというのは、常にあると思います。
シンセの音も入れようと色々試みたのですが、今回は入れる隙がありませんでした。
「音色の質感」「偶発パターンの面白さ」に重心を置くと、音楽が入って来る隙が
無くなくなって来て、でもそれはそれで充足感があります。
「無理して音楽にしようとする必要は無いな」と感じている近頃です。
ちなみにキーキー鳴っているのは、コーヒーミルです。
その他、高域はリズム的な役割で箸、カピスシェル、フルーツポンチの果物くり抜き器
中高域はカットオフフィルターの様な役割でガラスボール、植木鉢など。

saegusa